石原 結實先生 ヒポクラティック・サナトリウム断食体験 2017年・5月版1日目

漢方医でテレビなどにも出演される石原結實先生のヒポクラティックサナトリウムに今年もやってきました。

ことしの報告を同時進行で行います。

1. サナトリウムに来た経緯

2015年の連休、その前の秋から冬にかけて実施した乳がんの抗がん剤治療後のデトックスを願い、初めてこちら、ヒポクラティック・サナトリウムに来ました。

2015年には実に10日間の断食。

2016年はやや短くて5泊6日。そしてことしは6泊7日お世話になります。

このサナトリウムを経営する石原先生が提唱する「朝ご飯をにんじんリンゴジュースする」食生活に変えたのは2014年10月ごろ。抗がん剤治療中でした。

その生活を始めると、素晴らしいことに何十年と苦しんでいた便秘がすっかり解消。家族で便秘がちな人はそもそもいなかったのですが、私の場合はひどい場合は1週間ぐらい出ないことも。

薬もほとんど効かない(それまでいろいろ試しすぎ)。浣腸に頼ることもしばしばありました。

それがウソのように治ったのです。自分の場合は毎日、三食をしっかり食べることで「胃腸」が疲れていたようです。

人それぞれだとは思いますが、自分の場合は朝ご飯をジュースにする生活が身体に合っていたようです。

朝ご飯をにんじんリンゴジュースに変えて以来、普段の私の食生活はかなりシンプルです(基本、石原先生のご指導に近づけている)。

お昼は社員食堂でお蕎麦、夕食はご飯味噌汁、お魚、野菜の一汁2-3菜という生活です。

たまにお肉を食べることも、また、ケーキを食べることもあり…それが悪いとは言いませんが、やはり肉料理やスイーツ類は自分にとっては胃腸に負担、な気がします。

また、旅行に行ったり、土日などは朝ご飯、特にパンが好きなので食べたりします。菓子パンも食べます。

なので、生活をリセットし、デトックスしたい! というのが1年に一回のこの頃なのです。

2. サナトリウムの様子

ヒポクラティック・サナトリウムは、伊豆高原にあります。

ゴルフをする方にとっては有名な名門・川奈カントリークラブのすぐそば。

東京から、今日は以下のような経路できました。

10:50 家を出る。11:40 品川着。踊り子115号12:07品川発〜伊東駅13: 45着 (4330円)

伊東駅でバスを探しましたが、やはり適当なバスはなく(45分待ちだった…いつ来てもあまり連絡はよくありません)、

タクシーで伊東駅〜サナトリウム 3500円。約25分。14時20頃到着。

1年ぶりのサナトリウム。いつも連休に来るので、来るだけでも気持ちいいのです。

こちらでは、生姜をこのように天日で干します。生姜のパワーが増すそうです。

受付で、今回のメニューが提示されます。

到着後、荷物を解いて早速生姜湯。

生姜にお湯、葛でとろみをつけています。黒砂糖を加えて甘みを加えます。甘みがあると空腹感が癒されます。

美しい中庭に癒されたり…うさぎさんに挨拶したり…

実は生姜湯のお茶タイムのあとは部屋で昼寝をしてしまいました。年明けから突っ走ってきた疲れが出たのかな。

夕食ににんじんリンゴジュースをいただき…

これが今日の夕食のすべてです。

お部屋は個室。ベッド、ユニットバス、机などが完備されていて私には心地よい質素さです。

出窓のあるお部屋。

きちんとした机。

ユニットバス。でも、たいてい大浴場にいってしまいます。

中庭からすぐの場所に大浴場があります。

露天、内風呂、サウナがあり、カランは6個ぐらいかな。とっても気持ちがいいお風呂です。

お風呂終わっていまはこれ。お部屋には紅茶と塩、黒砂糖と生姜湯が用意されていて、好きなだけ飲めます。

紅茶タイムです。黒砂糖をいれて美味しい…

3. まとめ

今回の1週間の滞在では、いくつかやりたいことがあります。

  1. ブログの再構築(カテゴリーを入れ替えます)
  2. ランニング(4月は35キロしか走れなかった…秋のレースにむけて少し山走りをします)。
  3. しっかり早寝早起き
  4. 2年前の五十肩の後遺症で可動域が小さくなった右肩の完治(整体)

というわけで今日はこれぐらいにして寝ます。また明日!!

(明日は1年ぶりに石原先生の診察があります。楽しみです)

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この記事を書いた人

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大野 清美

1958年大阪生まれ、大阪育ち。子どもの頃の夢だった「留学したい」を37歳で実現。3児を育てながら米国NY州コロンビア大学国際関係学大学院を卒業しました。帰国後は英語を使って仕事を続け、今後は「自分の人生を変えてきた」英語を教えたい!と修行中です。
趣味はマラソンとモーターバイクでのツーリング(愛車Honda VTR)です。
(2019年4月記)