乳がん 抗がん剤治療中のマラソン完走記 最終回(38)

2014年秋から冬にかけて抗がん剤治療を受けました。

始めたばかりのマラソンをあきらめたくなく、医師の反対を押し切って練習を続け、

東京マラソンを完走した記録です。

 1. 抗がん剤治療中に考えたこと

私は医師ではないので医学的なことは何も言えません。

ただ、私の例でいえば

抗がん剤治療をしながら普通に日常生活はおくれる(仕事もできる)し、

運動もできました。

「抗がん剤治療はつらい。でも、そのことだけに心を奪われてはいけない」と思って走りつづけました。

抗がん剤治療をしていた4か月。私がかんがえていたことはただひとつ

「絶対に東京マラソンのスタートラインに立つ」

そのためにできることはすべてやりきった、と思います。

2. なぜ走れたのか?

私が抗がん剤治療をしながらマラソンを走ることが出来たのは、間違いなく「応援」の力でした。

そして、私は何より「38キロ地点で仲間に会うために」走りました。

自分のためだけでなく、約束を守るために頑張ることができました。

2月の寒い日曜日、自分を首を長くして待ってくれている人がいる。

それがわかっているから練習しないわけにはいかない。

仲間の応援の力が応援に応えようとする自分を走らせた、と言い切ることができます。

3. マラソンがおわって…最後の抗がん剤 (6回目)

東京マラソンから4日後。最後、6回目の抗がん剤治療を受けました。

個室の内側の様子です。

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タイマーでグローブの時間を計ります。

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アイスグローブはいつもにも増して痛かった。

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つい、うめき声が出ました。

早く終わって!

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何とか最後まで耐えました。

4回目から点滴時に上映するために持参していた「ロード・オブ・ザ・リング」の最終回を

DVDプレイヤーで見終えました。(右下の小さな画面です)

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画面では、春が訪れ、魔法は解けました。私の悪夢も終わりました。

最終回記念に夫と待ち合わせをして青山のフレンチレストラン「シェ・松尾」でランチを楽しみました。

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味はよくわからなかったけど(あ、抗がん剤治療の副作用による味覚障害です。料理のせいではありません)

心から料理を味わいました。

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抗がん剤の影響(むくみ、皮膚の痒み、脱毛は再び生えてくるまで)はその後もしばらく続きましたが、徐々に軽くなっていきました。

4. そして今

このお話は、今回で終わります。

2年経った今(2016年8月)、私はとても元気です。

2016年2月の東京マラソンは応援に行きました。

応援されることも、応援できることもなんてありがたいことでしょう。

私がブログを書き始めたきっかけは、感謝の気持ちを伝えるため、でした。

そして今は「元気な私」を伝え続けていきます。

まだまだ成長していきます。見ていてください。

長いお話(38話)までお付き合いくださり、ありがとうございました。

 

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この記事を書いた人

大野 清美

大野 清美

1958年大阪生まれ、大阪育ち。子どもの頃の夢だった「留学したい」を37歳で実現。3児を育てながら米国NY州コロンビア大学国際関係学大学院を卒業しました。帰国後は英語を使って仕事を続け、今後は「自分の人生を変えてきた」英語を教えたい!と修行中です。
趣味はマラソンとモーターバイクでのツーリング(愛車Honda VTR)です。
(2019年4月記)