【マラソン練習日記】ちょっとした怪我で「走れなくなるかも…」と恐怖と不安に怯えた一夜

きっかけ…長女一家が帰国した

インドネシアから、コロナの影響で長女一家が帰国した。

帰国当時は日本と同じレベル1で、それほどの危機感はなかったものの、

一旦かかると海外での医療設備に不安があることと(言葉も)、

賃金不払いなどが発生した時の政情が心配になったため。

一家と言っても、派遣されている長女の夫は残り、勤務を続けている(そろそろ

帰国命令が出そうだ、とか)。

どこかに身を寄せないといけないが、ホテルでは子ども2人(8歳、5歳男子)を

育てながら家探しも厳しいし、すぐにはマンスリーマンションも手配できない。

(それほど帰国が慌しかったのだ)

だいいち、出費を会社なりが全負担してはくれるわけではない。

だが、実家である都内の私の家はそれほどに広いわけではない。

また、学校の栄養士をしている三女がいて、手狭でとても子供連れが

落ち着いて住むスペースはない。

で、「やめ主婦」として借りている職場近くの私の2DKに戻ってきた。

私、長女、その息子たち、の4人暮らしが始まった。

買い物帰りに

私の住んでいる地域はとても便利なのだが、

残念ながらスーパーが遠い。

現在建設中のスーパーが開店するまでは、

徒歩で言うと18分かかる場所にある。

普段一人分の食料品しか買わないし、毎週一回だけ買ってそれをその週のうちに

消費する生活をしていたのに一挙に買い物が増えた。

みんなで買い物に出た帰り道。

たまたま満開の「ボケ」の花。

「あれは桜?なんと言う花?」と聞かれ、

見上げながら歩いていたら….

なんと、そこは子供の遊び場。小さなお子さんが乗って遊ぶ

「カバ」の置き物(高さ30センチぐらい)に引っ掛かり、

見事に膝から転倒!!

両手はスーパーの袋で塞がっており、

両膝を強打した。

しばらく起き上がれなかった。

こんな置き物↓

豊富な経験?

帰宅し、膝を目視したが、それほどには変色はしていない。

厚地のジーンズを履いていたので

すりむけもほとんどなし。

でも、時々、痛い。

打撲、あるいは膝のお皿のヒビ???

だんだん、不安になってきた。

頭に浮かぶのは悪いことばかり。

これでヒビがはいっていたら…まずギプス、松葉杖。

膝のお皿は、14年前に渋谷で転んで膝を強打、ヒビを入れたことがあり、

右足も左足もバイクで転んで中足骨骨折。

鎖骨もバイクで骨折、と40代で1回、50代で3回骨折している。

まあ、バイクやマラソンなど、普通、40代、50代から始めるような趣味では

ないけれど、30代までは育児で忙しかったから

好きなことし放題!の40代、50代に「やんちゃ」が開花。

それに伴い(ていうか、なんでそんな危ないものばかり…)

怪我も多くて…。

というわけで、ちょっとした痛みに「うーん、これはヒビか、打撲か…」怪しい感じがした。

不安でなかなか眠れない一夜

40代、そして50代前半での骨折はそれほど怖くなかった。

治ったらまたやろう!これも経験のうち!!

と、余裕で前向きに考えることができていた。

でも、60才を越えてからの怪我は、

  • 治るのに時間がかかる
  • その間、いろいろな行動に制限がかかる

そういうことを思うと、残る人生からの引き算を考え

自由に活動できる時間がすごく減ってしまう!!と怖くなってきた。

ああ、これが「歳をとる」ということなのだな…

同年代より元気なつもりではいるけれど、同年代の数倍も動きたい私にとって

行動や活動制限は何よりつらい。

不安が次から次へとこみ上げてきて、眠れぬ一夜を過ごした。

その後

翌日には「行きつけ」(まあ、骨が折れるたびによく行くこと)の整形外科に行き、

両膝をみてもらった。

「カバに引っ掛かって転びました」というと

「おバカさんですねー」と爆笑の面白いお医者さん。

「で、最近はバイクではなく、マラソンですかー」と

感心されてるのか、面白がられてるのか。

私としてはレントゲン撮ってもらいたいと思っていたが、目視で

「まー大丈夫でしょう」

と言われ、湿布のみ。

とりあえず様子見で、ということで医院を後にした。

走ってみる

さすがに翌日は走らず様子見。お医者さんも「使うな、温めるな」と言っていたし。

翌々日、少しまだ打撲の痛みがあったので

そろそろと、走ってみた。

大丈夫、と言われながらも不安があったので、

1キロ7分ぐらいのゆっくり走り。

どうやら痛みも出てこず、ちゃんと片足でも体重を支えることが

できた!

あー、神様ありがとうございます!

今季は結局1レースも走れなかったフルマラソンだけど、

61歳還暦すぎ自己ベストを目指し、たとえレースがなくても

日々走ってきた。

さらに未来へ

これからは視野を広げて歩く、

道をちゃんと見る(歳は歳なんだから)、

そして、走り続ける。

マラソンの神様、本当にありがとうございます。頑張ります!

眠れぬ一夜だったけど、走れることがわかって心から嬉しかった。

元気が当たり前とは思わず、

走れることに感謝しつつ、続けよう。

そんなふうに決意を新たにした出来事だった。

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この記事を書いた人

大野 清美

大野 清美

1958年大阪生まれ、大阪育ち。子どもの頃の夢だった「留学したい」を37歳で実現。3児を育てながら米国NY州コロンビア大学国際関係学大学院を卒業しました。帰国後は英語を使って仕事を続け、今後は「自分の人生を変えてきた」英語を教えたい!と修行中です。
趣味はマラソンとモーターバイクでのツーリング(愛車Honda VTR)です。
(2019年4月記)