【介護日記】母、警察に保護される!隠された「理由(わけ)」に涙と後悔、そして次の一手

明け方、警察からの電話

8月3日、朝6時、電話の呼び出し音で目が覚めました。

携帯画面を見ると税理士さんからの電話。

え?何かの間違いじゃないか?と寝ぼけ眼で携帯電話を操作していたら

切れてしまいました。

そのあと、もう1つの電話、ガラケーから呼び出し音。

嫌な予感がしました。

「東住吉警察の●●ですが」と、相手は言います。

「お母さんをこちらで保護しております」

徘徊?ついに始まったか?

足も弱っているし、あまり行動的ではないので、徘徊だけはしないと思っていたのだけれど…

警察に状況を聞くと、「午前3時10分、北田辺のローソンから通報。

車道の真ん中を一人で歩いていた」とのことでした。

ローソンから警察に連れて行かれ、たまたま税理士さんの名刺を持っていたため、

連絡をし、身元引き受け人になってもらうように依頼したそうです。

ああ、それで税理士さんから電話があったのか。

電話を切り、税理士さんに電話をかけ直しました。

「僕、これからお宅に伺いますんで」

と、身元引き受け人になってくれるとのこと。お詫びとお礼を申し上げ、

義父の介護のため高知に出かけている夫に電話をし、

「緊急事態だね。大阪に行きなさい」と促され

7時まで待って大阪でお世話になっているケアマネージャーさんにとりあえず電話を入れました。

電話に出るとは期待していなかったけれど着信歴を残そうと思ったのです。

こんな時こそ落ち着かねば、とその日行くはずだったマラソンの練習や、

翌日行くはずだったバイクのレッスンに不参加のメールを入れ、

支度をして出かけました。

9時品川駅。新幹線の切符を手配したあと、少しの時間を見つけ

母の側では自動着信になっているスカイプを立ち上げ

ウェブカメラで家の様子を確認しました(いつでも家の中を自分で見ることができる

このシステムは本当に便利です)。

スマホ画面で家の様子を見ると、税理士さんと話している母の姿が見えます。

予備に持っているガラケーで自宅にすぐに電話をし、税理士さんに

自分が向かっていること、

ケアマネージャーさんに連絡をするのでもうご帰宅されてもいいこと、などを話しました。

まずは駆けつける

お昼には実家に到着し、また、やっと連絡がついたケアマネージャーさんも来てくれました。

そして、ショートステイされては、とアドバイスをいただき、

ステイ先を見つけていただいたのです(お盆前で混んでいたのに一部屋見つかったのはラッキーでした)。

そこは、私が行き慣れている大阪城公園のすぐそば。

母に、「しばらく施設のお世話になる?」と聞くと、

「それもええな」と納得してくれました。

母は表情もあまりなく、憔悴している様子でした。

さて、母がなぜ夜中に出かけたのか、断片的な話をつなぎ合わせると、

涙ぐましいほどの母の一途さが伝わってきたのです。

母は、単に「徘徊」したわけではありませんでした。

助けを求めて、古くからの知り合い(イチカワさん)の家に行こうとしたのです。

出かけた時間は異常でしたが、タクシーを使い、イチカワさんの家の近くの駅までたどり着きました。

タクシーの運転手さんも「なんでこんな時間に出かけるんですか」と尋ねたそうですが、

「大事な用事があるねん」と答えたとか。

その大事な用事とは?

前兆

母が警察に保護される土曜日の2日前の木曜日に電話した時、

母は何やらパニックに陥っているようでした。

もう、工事が始まった!と慌てているのです。もうあかん、とか、わけのわからないことを

言います。私も「ちょっと、ちょっと何?」と聞き返すのですが、要領を得ません。

そして普段は話したがる母が「もう切るわ」とあっという間にガチャン、と電話を切ってしまったのです。

おかしい…

スカイプで母の部屋を見ると、母はベッドではなく。テレビの前のソファで寝ています。

最近、どうやらリビングで寝ていることが多いようなのです。

あまりよくない兆候を感じました。

隣地で始まった工事

母にはしばらく前からすごく気になることがありました。

私は「取り越し苦労」だと言って相手にしなかったのです。

それで、なんども喧嘩になっていました。

それは、隣家との土地の境界線の問題です。

実家の裏手の空き地に新しい建物が建つというのです。

2月に帰省した時にはブルドーザーが地面を掘り起こしていました。

ちょうど、別の面で隣り合っているマンションとの境界確認の作業があり、

ブルドーザーが空き地の地面を掘り起こした時に、境界を示すコンクリート杭が

壊されていることを目撃していたのです。

私、測量士さん、そして母の三者で「これはいけませんね」と言いながら、

当時は「直してくれるだろう」と高を括っていて、私は何もしなかったのです。

母はそのことがとても気になっていました。

自分の土地が削られるのではないか、と。

私は「いくら何でも建物を建てるときは近隣に挨拶にくるでしょう。

筆界確認もしないといけないし」

と、性善説で母の心配を相手にしませんでした。

ところが、本当に、なんの連絡も通知もなく、工事は始まってしまったのです。

私も全く何もしなかったというわけではなく、ブルドーサーが入った2月以降、

帰省するたびに「工事のお知らせ」の看板が出ないか、一応のチェックはしていました。

7月中旬に帰省した時まで何もお知らせはなかったのです。

しかし、私の性善説は見事に裏切られました。

母が心配した通り工事は始まってしまいました。

何の挨拶も通知もなく。

母の恐怖と不安は最高潮に達して、ついにキレてしまったのだと思います。

母が会いに行こうとしたのは、建築屋のイチカワさんです。

イチカワさんなら自分の話を聞いて助けてくれるかもしれない、その一心から、夜中ということも

わきまえず、家を飛び出したのでした。

そして、イチカワさんの家の近くの駅まで行ったけれど、街の様子は自分の記憶と違っていて

しかも夜中。

どうやってもたどり着きません。

ローソンでお巡りさんが来た時は、「ちょうどよかった、イチカワさんの家を聞いて泊めてもらお」と

思ったそうです。

母は常々、「この家をあんたに残してやりたい」と言っていました。

必死で「守ってきたもの」が侵略されそうになり、何とかしなければ、と思うあまりの行動だったのです。

その、何とも不可解な行動の裏に隠された一途な気持ちに気付いた時には涙が止まりませんでした。

もちろん、この部分だけを取り出せばかなり「まとも」ですが、

「怖いおばあさんが耳元で悪口を言う」とか、「ムカデが背中をかむ」とか、

「よしみさん(死んだ姉)としげちゃん(生きているけれど認知症が進行した姉)が出てきた」など、

被害妄想、幻聴、幻視もあって、いろんな話が混ぜこぜになっています。

そのごちゃごちゃな話の中で1つの真実を探ると、母が実は「助け」を求めていたことが見えてきました。

ああ、かわいそうなことをした…後悔が押し寄せました。

私の対応、そして次の一手へ

隣地の建築主さんとの交渉は、母のショートステイの手続きの合間に始まりました。

それだけで長い話になるので別原稿にしますが、

何とか母が守り通したものを守りたいと決意しています。

母は現在ショートステイをしていますが、暑くなってからかなり体力が弱っていたので

しばらくしっかり栄養をとって体を休めてほしいです。(7月11日には肋骨の骨折もしています)

 

昨日(火曜日)、ケアマネージャーさんから認知症の方々が「残った機能」を使いつつ、

一緒に暮らすグループホームに空きがあるというお知らせをもらいました。

今週末は母を連れて、まずそちらに見学に行きます。

現在のステイ先は母よりも少し認知症が進んだ方が多いため、お話相手がありません。

なので、お話し相手と作業ができる(洗濯物をたたむなど)ホームに入ることができれば

とてもありがたいと感じています。

実は私の家の近くに一軒、グループホームがあり、見学もし、

「順番待ち」を申請してきたばかりだったのです。

あと、一年ぐらいは一人暮らしができるかな、と思っていたのですが、

今回の件でもう一人では無理ということがわかり、本人も納得したので

いつまでかはわかりませんが住み慣れた大阪で

もうしばらく過ごしてもらいます。

介護は、時に「待ったなし」のクライシスを迎えることがありますが、

「解決しない問題はない」と信じてできる限りのことをしていきたいと思っています。

 

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この記事を書いた人

大野 清美

大野 清美

1958年大阪生まれ、大阪育ち。子どもの頃の夢だった「留学したい」を37歳で実現。3児を育てながら米国NY州コロンビア大学国際関係学大学院を卒業しました。帰国後は英語を使って仕事を続け、今後は「自分の人生を変えてきた」英語を教えたい!と修行中です。
趣味はマラソンとモーターバイクでのツーリング(愛車Honda VTR)です。
(2019年4月記)