主婦をやめて一人暮しを始めました(50) 隣の住人は「神様」だった?

一年半前に始めた一人暮しのお話。

50話まできましたので、この1年半を振り返りたいと思います。

1. 一人暮しになったわけ

2017年6月、定年まであと2年弱となったとき、

「遠距離通勤」のつらさ(体力的にも、時間的にも)、

家事や家族との関係

(悪かったわけではないけれど生活時間が違ったり、

私のようにガツガツした人間、とそうでない家族…難しかった)、

そして、とにかく

時間が欲しかった!

ので

家族と住む家を出て

職場近くにアパートを借りました。

自分だけの時間を作って

人生100年時代の

残り40年、何をしてすごすか、

じっくり考えたかったのです。

もともと家族との時間はもちろん楽しくて、嬉しくて

(私のこども時代は父がDVで、貧しく、家族旅行なんて

したことない家だったので…)

離れて「家族ってありがたいなー」と

あらためて思ったりしましたが、

仕事熱心で猪突猛進な夫、

社会人で働き盛り(20代)の

2人の娘、

家族4人が互いに社会人として

生活領域を分け合いながらすごすには

「私自身に余裕」がなさ過ぎました。

家族それぞれが自立しているとしても

やはり「主婦」は私で、

☆リビングがちらかっていたり、

☆洗濯物がたまっていたり、

☆誰かが病気したり、

☆カーテンが汚れていたり、

☆ガスレンジのごとくが汚れていたり、

☆家の中にモノがどんどん溜まってきたり、

☆駐車場に近所のゴミが風に飛ばされて溜まってきたり、

と家を管理することについてはいろいろ気になります。

すると、やはり「家事総責任者」としては

率先して身体を動かさざるを得ない。

どうやら、家族は私のように「すぐに動く」タイプではなく

「必要ならば動く」タイプのようです。

 

遠距離通勤しながら、

ブログ書きながら、

英語の勉強しながら、

マラソンの練習しながら、

バイクツーリングも楽しみながら、

 

思うような家の運営をしようとするには

あまりに時間が足りませんでした。

 

そこで、思い切って少なくとも平日は

自分だけの時間としたい。

そうして、2017年7月1日から、自分のお部屋をもつことにしたのです。

2. 楽しい部屋作り

部屋作りは、

自分テイストにできて本当に楽しかった。

わずか19平方メートルの「占有面積」ですが、

自分だけの空間。

少しずつ家財を揃えていった入居し立ての頃↓

そしてそんな暮らしを綴った1年半の間に何が起こったのかというと

  • ブログが一日35000PVを記録する
  • 「やめ主婦」としてトークをする
  • 一時勉強にあきていた英語に目覚め、「人生を変えるTOEIC講師になる!」という目標をもつようになった
  • 家の中の空気がかわったせいか、たまたまか、次女が結婚して家を出た

などの変化が次々訪れました。

ロフトはお気に入り。↓ でも、そこで寝たのは1回だけだった…

3. 暗転

人生の目標も決まり、

家族ともいい距離感で(夫も全力で仕事ができる-いいのか悪いのか?)

過ごしていたのですが

 

そんな暮らしのなか、

ときどき怖いことが起こり始めました。

隣室の男性が、私が物音を立てると

壁を「ドンドンドン」とたたくのです。

 

姿が見えないだけに

とても怖い。

確かに私が悪かった(ビデオ編集をしていた)ときもあり、

耳の通り母と話して大きな声をだしていたこともありました。

でも、「普通の時間」です。

 

次第に私は

  • 掃除機をかけるのも(キレイに住みたいのに)
  • 英語の音読をするのも、
  • つい夜更かししてお風呂に入るのが遅くなったときに髪にドライヤーをかけるのも、
  • 朝、健康のためにつくっている「にんじんりんごジュース」を作るのも

お隣から壁ドンがこないか、とびくびくするようになりました。

 

特に英語の音読が十分できる環境ではないと

今住んでいる部屋にいる意味はなくなる。

 

そして、極めつけが12月27日の朝6時半ごろのこと。

私が身支度をしているだけで

壁ドンがきたのです。

身支度の音は、もうこれ以上静かにはできません。

(普通に着替えていただけです)

 

年末年始を経てアパートを引き払うことを決意。

だけど、

1月から新しい英語スクールに通う決心をしていたし、

半端ない勉強が待っていることもわかっていました。

なので、

早いほうがいい、と年明け早々の1月4日には友人が「いってみたら?」という物件を訪ね、

また、現在住んでいる不動産会社にも

たとえ賃料が多少高くなっても

紹介してもらうつもりでした。

 

私としては、「これからの人生のこれから」を

始める分岐点なのです。

 

内覧に行った部屋は、最初の部屋と同じく、

一目で気に入りました。

そこは、建物自体は数年内に取り壊し予定の

鉄筋コンクリートの建物。

でも、内装はキレイにしてくれていて、

定期借家契約なので賃料も抑え目。

今までの部屋の倍の大きさがあり、

家族が多く住むところです。

さらに、今まで以上に職場に近い!

 

1月7日には引っ越し業者さんの見積もり

1月8日には賃貸契約

1月9日には新居に足りない「エアコン」を購入、据え付け手配

 

週末にはランニングとTOEICをこなし、大阪の実家に介護にでかけ、

母の確定申告のための伝票をまとめ、

 

大阪から前のお部屋にもどってきた16日、17日には引越しに向けて一気に片付け。

18日には夜に英語スクールに入校。

19日引越し、という強行スケジュール。

 

さらに追い打ちをかけるように、19日引越しの朝も7時すぎだったにも関わらず、

引っ越し荷物をまとめている私が立てた小さな音に「壁ドン」!

 

「はいはい、もう出て行きますからね」と心でつぶやき、

荷造りを完了しました。

4. 逆転!

新しい部屋には

部屋数が増えたので新たなカーテン、

シーリングランプ

ちょっとスタンディングデスクがつらくなってきたのでスツール

そしてIHクッキングヒーターを購入(前の部屋では備え付け)

 

これらが1月23日までに整いました。

引っ越しを決意してから20日弱。

その間も18日に通い始めたスクールの宿題をやりながら、

やっと落ち着き、あらためて

新しい部屋は「いいなあ」と思ったのです。

 

周りの生活音は聞こえますが(たぶん私が水道栓をひねる音とか)、

静かで(前の部屋も壁ドン以外は静かだったですが)、

一人には贅沢なぐらい広くて

 

まるで、部屋が私を待っていたような感じです。

 

少しアップグレードしたのも、

「そろそろ本腰入れて勉強せんかい!」という神様の

配慮だったかもしれません。

5. まとめ

というわけで、壁ドンはとても怖かったのですが、

今にして思えば

いいタイミングで

勉強にかなり力をいれられる場を与えられたということになりました。

あのまま我慢して静かに暮らしているより

よほどよかった。

 

隣の、顔もしらない住人は、

壁ドンで

私の背中を押した「神様」だったのですね。

 

やりたいことを思いっきりやる、

自分で決めたことをしっかりやる、

あきらめない。

人生沈んでいるばかりではない。

きっと浮上する。

 

心を強くもって、

希望をもっていれば

必ずいい方向に転じる。

 

今回の件ではそんなふうに思うことができました。

さて、英語スクールの宿題は半端ないぐらいの量ですが、

クラスメートもみんな仕事をしながら学んでいます。

 

私も全力でがんばります。

いろいろ吸収して、必ず「人生を変えるTOEIC講師」に

なります。

相変わらずのコタツ風景と、その向こうには万年床?いえいえ、和風ベッドのつもりです。↓

 

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この記事を書いた人

大野 清美

大野 清美

1958年大阪生まれ、大阪育ち。子どもの頃の夢だった「留学したい」を37歳で実現。3児を育てながら米国NY州コロンビア大学国際関係学大学院を卒業しました。帰国後は英語を使って仕事を続け、今後は「自分の人生を変えてきた」英語を教えたい!と修行中です。
趣味はマラソンとモーターバイクでのツーリング(愛車Honda VTR)です。
(2019年4月記)