主婦をやめて一人暮らしはじめました(81) 新たな拠点への準備その2

本稿は、「主婦を辞めて一人暮らしはじめました(80) 新たな拠点への準備その1」から続きます。

ウィルスで「やめ主婦部屋」の意外な活用

2020年3月、新型ウィルスの影響が日増しに大きくなって、

3月末には長女と2人の息子が急遽インドネシアから帰国しました。

私の家=長女の実家は家族3人を受け入れるだけのスペースはなく、

また、一時帰国が本帰国になる可能性もあったため(もともとは6月に

本帰国予定でした)、都内に賃貸住宅を探す予定で戻ってきました。

私の「やめ主婦」部屋は幸い家族向けの2DK。全く使っていない部屋があって

3人を引き受けるには十分でした。

長女一家は3年間ジャカルタに住んでいたためほとんど会うことはなく、

突然の同居は私にとって とても嬉しいサプライズ。

こどもとの暮らしは久しぶりで振り回されることもありましたが

少しの間とても楽しく過ごせました。

主婦が嫌で家を出たわりにいそいそと子供たちのお世話をしてるのも

矛盾したような話ですが、もともと家族が嫌で家を出たわけではなく、

自分の時間と空間を求めて部屋を借りたので

こうした時限つきの同居と言うのもまた1つの経験として楽しいものでした。

まるで、こんな時のためにやめ主婦部屋があったような…

一人部屋としてはもったいなかったですが、最大限活用できて

なんだか、「やめ主婦部屋」を正当化できたようでよかったです。

長女と二人の息子は新しい家を都内に契約し、ほどなく

引越していき、自分たちの新しい生活をはじめました。

そうこうしているうちに全国に非常事態宣言が出され、

私はとりあえず家族のいる東京の家に戻ってきました。

長距離通勤をする必要がなくなったからです。

珍珍事務所は意外な形で活用されはじめ…

さて夫と2人で借りている事務所ですが

ついに活用する機会が訪れました。

狭い家の中で三女を含む大人3人が在宅勤務をするというのは結構難しいです。

私も夫もズームで会議や授業をするので、一つ屋根の下にいると

今頃、家族の仲はかなり険悪になっていたと思います。

しかし、珍珍ビルの部屋があるおかげで夫はその部屋を仕事部屋に、

私は次女が残した勉強机を活用し、こどもたちの勉強スペースを自分仕様にしました。

机一つとはいえ、自分のスペースがやっと自分の家のなかにできたのです!

三女はリビングの食卓です。(テーブルが広くて使いやすい)

蜜にならない空間をそれぞれ確保することができ、すんなりと在宅勤務期間は

始まりました。

このような形になって、「やっと自分のスペースができた」、

私は自分の勉強机が欲しかったんだなあ…と今更ながら実感しています。

今、やめ主婦部屋はどうなっているか?

やめ主婦の部屋はこの4月から6月にかけてほとんど使っていません。

非常事態宣言が解除されてからは私が職場で育てていた「蘭」の花を見るために

週に一回程度戻っています。

自慢のスタンディングデスク、そしてiMac。

これらを珍珍ビルに迎え入れるのは、もう少し先になりそうです。

在宅勤務期間が終わったらどういう勤務体制になるか、

見極めてからにしようと思っています。

さて、次のステージに登るのはいつか?

夫の在宅勤務期間が終わって、私の0期生となる生徒さんが9月のTOEICを

受ける頃が次のステップアップの時期になるだろう、

むしろ、そうしなければ、と思っています。

また、教室では、英語に困る困っている中学生対象の塾も開設したいと

思っていて、今は教え方について研究する日々です。

2年のつもりでレンタルした洗濯機のリース期間をあと半年にするのか一年にするのか、

今すごく悩んでいます。

軌道に乗るのはやはりあと1年ぐらいかかるかなぁ…やめ主婦生活、まだ続きそうです。

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この記事を書いた人

大野 清美

大野 清美

1958年大阪生まれ、大阪育ち。子どもの頃の夢だった「留学したい」を37歳で実現。3児を育てながら米国NY州コロンビア大学国際関係学大学院を卒業しました。帰国後は英語を使って仕事を続け、今後は「自分の人生を変えてきた」英語を教えたい!と修行中です。
趣味はマラソンとモーターバイクでのツーリング(愛車Honda VTR)です。
(2019年4月記)