【介護日記】親の家の片付け:清掃工場に行った話

母が施設に入って以来、実家に戻るたびに母が60年間ため込んだ

「お宝」をたくさん処分しています。

今回は、清掃工場に不用品を直接処分しにいったお話をします。

清掃工場にゴミを捨てに行く手順(大阪市の場合)

(1)清掃工場に電話で予約をする

自治体によって申込方法は違うと思いますが、

大阪市の場合は、まずホームページで自分の居住区の担当清掃工場がどこであるか

を調べます。

大阪市中央区の場合は、「鶴見清掃工場」というところで、鶴見区にあります。

前日までの申込が必要です。

(2)必要書類

住所が確認できる証明書(免許証、マイナンバーカードなどの公的書類)が必要です。

私の場合は、代理で申し込みますので、

  • 母のマイナンバーカード
  • そして私と母の親子関係を証明する書類(戸籍謄本)
  • 私自身の証明書(運転免許証)

の3種類が必要でした。

(3)事務所での手続き、そして実際のゴミ処理

軽トラックにゴミを積み、鶴見工場に行くと、まず訪れるのが事務所です。

そこで必要書類を提示し、処理場所までの車での地図とカードをもらいます。

カードをもって計量ゲートに車で向かいます。

そこで、カードを入り口の機械にかざし、車ごと重量を測ります。

(4)ゴミを大バケツに投げ入れる

重量を測ると、ゴミ処理場に向かいます。

ゴミを処分する巨大バケツの淵に軽トラックのお尻を付けます。

トラックの荷台をあけ、「自分で」バケツにどんどんゴミを入れていきます。

荷台がカラになると、再び軽トラに乗り、処理場をぐるっと1周してまた

計量場所に戻ります。

再びカードを機械にかざし、トラックの重さを測ります。その間、

運転手も、助手席に座っている私もずっと乗ったままです。

計測結果は200キロでした。

再び事務所に戻り、計測結果用紙を渡し、お金を支払います。

10キロ単位で課金するシステムで、

200キロで1800円でした。10キロ90円ですね。

時間と軽トラックと運転してくれる人がいれば、かなりお安いです。

粗大ゴミとして引き取ってもらうとき

今回は幸い、車を出してもらうことができましたが、

普段は実家に戻る日を1月ぐらい前から決めておき

粗大ゴミの手続きをして到着の翌日に不用品を出すということをしていました。

家具のように形のわかっているものはもあれば、

いろいろなものをひとまとめに袋にいれて

出すということもありました。

(普段の家庭ゴミは、1日に45リットル入りゴミ袋で4袋までに、

と言われています)

毎回、10袋ぐらいを出していました。いつも、

袋が足りないぐらいで、もっとたくさん申し込んでおいたら

よかったと思うぐらいです。

資源とゴミと思い出と

ゴミゴミと言ってますが、母にとってはどれも捨てがたいものだったと思います。

一人暮らしではもう絶対使わないような大鍋。壊れて取手がとれた鍋。

引き出しが壊れて斜めになっていたチェスト。

もう10年単位で着ていないような洋服や擦り切れたりシミのついた洋服、

そういったものも1着残らず残っていました。

私の中学校の時のトレパンも、高校生の時に着ていた「ベスト」も。

その割に新しい服もどんどん買っていたので、

ものすごい量の衣類が押入れ、箪笥、その他ありとあらゆるところに詰まっています。

あまりに詰め込みすぎていて、引き出しがなかなか開かないぐらいです。

お片付け特集の本を読むと、引き出しには7割以上のものを入れてはいけないと

読んだことがありますが、だいたい120%は入っていました。

まとめ

200キロというとたくさんの処分品を出したように思いますが、

まだまだほとんど手をつけていない場所やモノがたくさんあります。

でも、少し目処がたったので、今後は、

母の何十年分もの家計簿や父の日記代わりのメモなど

いったんは目を通してから処分すべきものの整理がはじめられます。

いわゆる思い出の品々です。母も施設で元気なので、これらをネタに

今のうちに聞いておきたい両親の昔話などを聞いておきたいと思います。

広告

この記事を書いた人

大野 清美

大野 清美

1958年大阪生まれ、大阪育ち。子どもの頃の夢だった「留学したい」を37歳で実現。3児を育てながら米国NY州コロンビア大学国際関係学大学院を卒業しました。帰国後は英語を使って仕事を続け、今後は「自分の人生を変えてきた」英語を教えたい!と修行中です。
趣味はマラソンとモーターバイクでのツーリング(愛車Honda VTR)です。
(2019年4月記)