東京オリンピックボランティアー私は輝けたか?(2) 辞退するか悩んだ日々

「私は輝く」

というのがオリンピックボランティアのキャッチフレーズでした。

応募したときは、「何か人生を変えるようなことが起こるかもしれない」そんな

期待に満ちていました。

しかし、コロナ感染症の蔓延によって実施は賛否両論。

ボランティアのウェアを受け取りに行った日も心は晴れず。

本当に開催されるのか、私は参加していいのか…

いちボランティアにとっての東京オリンピックの日々を、時系列的に

書きます。

オリンピックを間近に控えてー2回の研修

オンライン研修-6月26日(土)

オリンピックは実施断念か、延期か、あるいは何があっても実施するのか、

どうやらIOCあるいは政府?は突き進んでいるらしい。

しかし、コロナ感染症が収まらない中、

観客が入るか入らないかの議論も延々つづいていました。

とはいえ、準備は水面下で進んでいたようです。

6月26日(土)、私が与えられた役割:Dignity Assistant(要人アシスタント:DA)の

業務についてのオンライン研修が実施されました。

私の役割は、各国のスポーツ担当大臣がホテル⇄競技会場を移動する車の

手配でした。

会場からホテルに戻るのも車が必要なため、ボランティアは会場まで同行、

そして帰途の配車をして一緒に戻るという仕事です。

コロナ感染症がまったくおさまっていなかったことに加え

全国的にワクチン接種のペースが遅く、ボランティアへのワクチン対応についても

連絡がなかったので「ワクチンなしに業務をするのかなあ」と

心配していた時期で、実際のオペレーションについての説明があったのか

なかったのか、ほとんど覚えていません。オプミンとか、オプゴーとか、ステークホルダーとか

やたらカタカナの多い説明で、理解しにくかったことだけ覚えています。

一通りの研修のあと、質疑応答がありました。

第一の質問はやはりワクチン。外国からのお客様をお迎えする最前線の一角での仕事です。

案の定、研修中の質疑応答時には「未定」との回答でした。

しかし、夕方には一転して接種案内のメールが来ました。

案内に従って申し込むと、私が摂取できる第1回目は7月3日、そして 2回目は7月31日でした。

(その後ワクチン不足で予定が変わり、2回目は8月3日に変更、そして、業務の都合上さらに予定が変わり、2回目は8月9日になりました。できればオリンピック前に終わりたかったですね)

なんとなく業務内容がわかったようなわからないような状態で

研修は終わってしまいました(質問も限られていて全部はこたえてもらえませんでした)。

現地研修

オンライン研修では「大臣の送り迎え」とざっくり理解し、

具体的なイメージもわかないままに聞いていました。

その後、 7月12日、「日本武道館会場」を例として

現地研修が行われました。

梅雨も明け大変暑い日でしたのでオリンピック期間中の実際の様子を体験するには

良い日だったと思います。

待ち合わせの毎日新聞社玄関前には30名ほどの人が集まっていました。

初めてお会いする仲間ですが、コロナ感染症もあり、互いにあまり近づけない状況。

それでも、暑い中、団体で皇居のお堀端を経由し、武道館に向かいました。

その日の研修でわかったことは、

  • 大臣と同行するのは車の中のみであり、ボランティアは大会会場には入れない。
  • 大臣が 観戦中は、ボランティアはプレハブの小屋に入って待機している。
  • プレハブ小屋にはテレビもWi-Fiもない。
  • 昼食は持参(某ファミリーレストランで使えるミール クーポンが配布される)
  • 着替える場所はないので、大臣が宿泊するホテルまでユニフォームで行き、大臣観戦後ホテルに戻ってそのままユニフォームで帰宅する。(着替えたい人はホテルのトイレで)
  • 車の手配に使用する携帯電話とマニュアルは、7月21日よりDA(Dignity Assistant)ルーム(私たちが活動する拠点となる部屋で、ホテルの会議室一室を借りている)配布。オリンピックの開幕2日前。
  • それ以前にシフトを入れている人については、有明の会場まで取りに行く。
  • 携帯を取りに行く日については交通費は支給なし。ユニフォーム配布、その他現地研修日についても交通費は支給なし。1日アテンドした日のみ交通費支給(1000円/日)。
  • PCR検査キットをもらう。初日、中日(なかび)、そして活動最終日の3回実施。

といった内容でした。

特に私が嫌だったのは、「ホテルのトイレならきれいだからそこで着替えて」という

こと、そしてせっかくアスリートがそばで活躍しているのに、

それを垣間見ることすら許されず、プレハブの部屋で「大臣を待ってろ」という指示でした。

辞退するかどうか、悩んだ日々

実際に現地研修に参加し、 あまりの待遇の悪さに辞退をしようかと考えました。

私が友達限定でFacebookに 上記の条件を公表すると、

多くの人が辞退すべきとの意見をくれました。

しかしながら直前の辞退も迷惑がかかるだろう、 ユニフォームもいただいていて

返却も手間がかかる、

そしてたくさんのコメントの中できちんと記録を取っておいた方が良いと言う前向きな意見があり、

「 こうなったら何が起こるかしっかり見てみよう」と決断し、

辞退のボタンをクリックするのをやめました。

ボランティア用のホームページは見にくさ、醜さにかけては一級品〜一体どこが作ってるんだろ

ところで、多くのボランティアが不満に思っているのがボランティアのためのホームページ、

「フィールドキャストマイページ」で、使いにくいことこの上ない代物です。

例えば、「 あなたに1通の案内が届いています」 というコメントがわたしの「マイページ上」にあります。

ところが、 上記の文言にはリンクがなくどこに行けばその案内にたどり着くのか分かりません

何度か探しましたが、もうあきらめました。わたしのマイページ上には

永久に「あなたに一通の案内が届いています」という謎の案内が掲示されています。

そして、その数字が増えないことを祈っています。

また、「フィールドキャストマイページ」はスケジュール管理のみのHPで、そこにはカレンダーが記載

されていますが、毎回開くたびにカレンダーの表示時間は午前0時から始まります。

確かに、日付は午前0時から始まりますが、そんなカレンダー使っている人みたことない。

そして、不思議なことにフィールドキャストにはもう一つ別のHPが用意されていて、

ボランティアとして学ぶ項目が列挙されているE-learningのHPがあるのですが、

相互リンクがなく、まったく別個に存在します。

お互いのリンクはそれぞれのHPには記載されていないので、

あちらのHP, こちらのHPを別個に開けながら、「どっちに何が書いてあったっけ?」

と毎回毎回探さないといけない。

さて、その「フィールドキャストマイページ」ですが、「辞退」することは非常に簡単です。

クリック一つです。

しかしながら、そこがまた問題で、私はもともとオリンピックのボランティアとして応募し、

時間的に無理だろうと思ってパラリンピックには応募しませんでした。

ところが、 いつの間にかパラリンピックもボランティアに参加することになっていて

まぁそれもいいかと思いそのままにしていました。

しかしながら、このような条件のボランティア。

休暇を母の介護につかおうと予定を変更し、

パラリンピックのみ辞退をしようと試みました。

しかしながら、ボタンは1つしかないのです。

つまり、それをクリックするとオリンピックまで辞退することになります。

どこを探してもオリンピックパラリンピックの別々のボタンはありません。

仕方がないので事務局に連絡し、パラリンピックは辞退する旨を伝えました。

 

それが現地研修後すぐのことでした。

悩みながら、オリンピック開会の日は刻一刻と近づいてきます。

辞退はクリック一回ですみます。

踏みとどまったのは、やはり若い頃影響を受けた「何でもみてやろう」(小田実)の

タイトルが頭の中に響いていた、そんな気がするのです。

多くの日本の若者がこの本を読んで世界にバックパック一つで

旅立ちました。そして、世界のさまざまな問題を目の当たりにし、

青春の志を立てたのです。高校時代の私は「箱入り」どころか

「箱に封印」されていて、そんな冒険はできなかったけど。

ところで、この本がいまだに多くの方々に読まれていることに今改めて感動しています。

ブックレビューが新しい!

 

 

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この記事を書いた人

大野 清美

大野 清美

1958年大阪生まれ、大阪育ち。子どもの頃の夢だった「留学したい」を37歳で実現。3児を育てながら米国NY州コロンビア大学国際関係学大学院を卒業しました。帰国後は英語を使って仕事を続け、今後は「自分の人生を変えてきた」英語を教えたい!と修行中です。
趣味はマラソンとモーターバイクでのツーリング(愛車Honda VTR)です。
(2019年4月記)