乳がんとの日々(14)抗がん剤治療 3回目

抗がん剤治療3回目

さて、12月18日は抗がん剤治療3回目。いつもながら、末梢神経障害を防ぐための、キンキンに凍らせた大きな手袋(アイスグローブ)に手を入れるのは、本当に辛かった。これは、敢えて手を凍傷状態にして、薬が手指の先まで行き渡らないようにして、末梢神経への影響を防ぎ、通常なら真っ黒になるという爪の変色を防ぐのが目的です。

点滴は全部で2時間半ほど。その間、手が使えないので、読書も書き物も出来ません。テレビをぼーっと見ているか、眠れたら寝て過ごすだけです。(抗がん剤治療はあと3回だけど、その時間を活用するためにDVDプレイヤーを買って映画を見るかどうかは微妙かしら、なんて考えていました。

因みに、走るのはもちろん、仕事も休まず通勤し、勉強会、セミナーなどにも出ています。バイクにも乗ってました。ホンの少し、体力が低下したり、髪がなくて不自由だったり(被り物の服を脱ぐと、頭も一緒に脱げる)だけど、QOLは、そんなに落ちていなかったと思います。これは、強力は吐き気止めのおかげで日常生活ができる、という「医学の進歩」の結果なのでしょうね。

ともあれ、「東京マラソンのスタートラインに立つ」という目標を達成するために瀬戸際で頑張っている、そんな感じだったでしょうか。

この頃のメモに「ほっぺが赤くなってきた」という文があります。ほお紅をしなくても、おてもやんのように頬が発色するのです。これもいわゆる炎症反応でしょうね。あと、「歯が痛い」というメモもあります。今となっては思い出せませんが、年末まで続きました。歯医者さん行っても治らないんですよね。

まったく、次から次へと色々な不具合がおこります。暮れには、伊豆に遊びに行き、「大室山」に上りました。写真はその時のものですが、そのごく近くに、後に断食に行くサナトリウムがあったのは偶然でしょうか。

12月31日には”すばらし2015年を願って、来年のための「全脳思考シナリオ」を作りました。

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この記事を書いた人

大野 清美

大野 清美

1958年大阪生まれ、大阪育ち。子どもの頃の夢だった「留学したい」を37歳で実現。3児を育てながら米国NY州コロンビア大学国際関係学大学院を卒業しました。帰国後は英語を使って仕事を続け、今後は「自分の人生を変えてきた」英語を教えたい!と修行中です。
趣味はマラソンとモーターバイクでのツーリング(愛車Honda VTR)です。
(2019年4月記)