介護認定を受けるには「要支援1」を受けるまで

最初の認定調査では「非該当」とされ、介護認定を受けることができませんでした。

2度目の審査。耳が遠くなり、できれば少しでも母のQOLを上げたい、と

遠隔介護の1人娘である私と母がやっと要支援認定をいただけるようになったいきさつを記録します。

1. 2015年6月初めての要介護認定調査は非該当(自立)

昭和8年生まれの母。80を越える頃から耳が遠くなり、

それまで楽しんでいたカラオケ、民謡などのいろいろな活動から引退し、それにつれ、何事にも消極的に。

自信がなくなり、理解力が目立って衰えてきました。

都会にはいるものの、商業地域なので近所に同年代の友人もいません。

いったん趣味活動から身を引くと、孤独な生活をするようになってしまいました。

2015年6月、母82歳。

私は仕事もあり東京在住。

月に一回実家に通うのが精一杯です。

ほんの少しの支援があれば母の生活の質は向上し、

これまで通りの生活を続けることができるのではないか。

そう思い、行政の力を借りられないか、あるいは、ここに「独居老人がいる」

という事実を知ってもらうために、まず実家近くにある「地域包括支援センター」に母とともに出かけました。

要介護認定を受けるには、まず市区町村の窓口または

地域包括支援センターに申請に行きます。

申請は本人または家族が行います。

幸い、窓口で対応くださったKさんが書類等もお手伝いくださり、認定調査の日程を調整してくれました。

日程が決められ、認定調査員のかたとKさんがお二人でいらっしゃり、審査が行われました。

日程が決まると、認定調査員による面接調査が実施されます。

主治医からの意見書が提出されます。

主治医は普段糖尿病の管理をしてくださる先生です。実はあまり面倒見がいいとは言えません。

残念なことに自分は仕事で同席できず、審査も厳しかったようで、

数週間後「非該当(自立)」という結果が届きました。

2. 一年後に再申請

自立と認定されたことは、実は喜ばしいことではあります。

しかし、現実は「自立」というより、「不自由を我慢して生活している」

「孤独を耐えて生きている」と私は見ていました。

「家族が面倒見ればいいじゃないか」

という意見はもちろんあると思いますが、今更東京に呼び寄せたところで

母が幸せになるとはとても思えません。

自分のペースで、不自由なところは何とか補ってもらいつつ生活する、

それが大事なのではないかと思うのです。

また、私が介護離職したところで、それも誰も幸せになる結論ではない。

自立判定から1年、耳の聞こえにくさがさらに進んだ今年7月、再度の申請を行う決心をしました。

3月ごろには母の願いで前の主治医を変更しました。

やたら薬を処方してくれるものの、あまり話をしてくれない医者でした。

少なくとも耳の不自由な母に大きな声で話すという配慮はなかった。

主治医を替えたことで「今度は行けるのではないか」という気もしていました。

今度の主治医のほうが患者の立場を理解してくれる人のようでした。

医師の意見書は影響力が大きい、と介護を受けている叔母が私に教えてくれていました。

包括支援センターのKさんに電話。今回は自分も帰省して

審査に立ち会うということで日程調整をしていただきました。

3. どのような審査だったか

2016年7月6日、介護認定調査員の方が実家に見えました。Kさんも同席してくださいました。

まずは生活状況の聞き取り

  • 名前
  • 生年月日
  • 一人暮らしか
  • 体調
  • 機能調査:手を肩から上にあげる、足首を動かす、寝返りができるかどうか、歩くときに何かにつかまるか、立ち上がって10秒じっと立つ
  • お風呂で身体が洗えるか
  • 爪が切れるか
  • 買い物に行けるか
  • 調理ができるか
  • 食事はむせずに食べられるか
  • トイレは自分で行けるか、一日の回数
  • 歯みがきが自分でできるか
  • 着替えは自分でできるか
  • 病院の回数
  • 薬は自分でのめるか
  • お金の管理は自分でできるか
  • 今日何を食べたか?
  • 今の季節
  • ここはどこですか?
  • 書類の理解はできるか

など、身体機能、理解力、認知機能などの問診がいろいろありました。

実際に立ったり歩いたり。

せっかく同席したので、私もお話をさせていただきました。

「かなりのことは自分でできるようで、あまりお世話になりきる、ということはないかもしれません。

しかし、少しの手助けと人との交流があれば、より安心し、

孤独ではない暮らしができるのではないかと思い、支援サービスを利用できるようにしていただければと思います。

何より、耳が聞こえにくいことで生活の不自由は深刻なようです。

その部分をカバーしていただければありがたいです」

と、希望をお伝えしました。

以下の写真のように、役所からくる書類はすべて「よみがな」がふってあります。

漢字が読めるかどうかよりも、中身をくだいて説明しないと母には理解できないようですが…

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4. 要支援1認定。今後のケアを考える

3週間ほどたった7月29日、母に電話するとどうやら「要支援1」という連絡が届いたようです。

要支援では、「介護予防サービス」を受給することができるようです。

(母は書類を読んでもすぐに「わからんわ」といって理解しようとはしません)

翌週、包括支援センターのKさんに連絡をし、今後の方針を検討していただくことになりました。

8月8日、ケアマネの方が決まり、週に一度デイケアに通うことになったようです。

自分が行ければケアマネさんにもお会いできるのですが、来月になりそうです。

母のことは、気にしながらも、時には自分で頑張ってもらい、

私自身は無理をしすぎないようにして寄り添ってきました。

今年の同窓会では介護話が盛り上がりました。

同級生は、「次のステージを考えておいた方がいいで」とアドバイスを受けました。

次のステージ…自立生活が困難になったときのことです。

昨年は、母と一緒に「サービス付き高齢者住宅」を2軒、見学に行きました。

昨年は「まだ自分にはちょっと早いな」というのが母の感想でした。

私も同じ感想でしたが…いずれそのような選択肢も出てくるかもしれません。

母と2人で納得しながら、孤独でない穏やかな暮らしを何とか続けていって欲しいものだと思います。

ご参考までに、介護認定の手続きについては、こちらのページがわかりやすかったです。「安心介護

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この記事を書いた人

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大野 清美

1958年大阪生まれ、大阪育ち。子どもの頃の夢だった「留学したい」を37歳で実現。3児を育てながら米国NY州コロンビア大学国際関係学大学院を卒業しました。帰国後は英語を使って仕事を続け、今後は「自分の人生を変えてきた」英語を教えたい!と修行中です。
趣味はマラソンとモーターバイクでのツーリング(愛車Honda VTR)です。
(2019年4月記)