How to ベルリンマラソン(4) レース当日から帰国まで編

朝ごはんから集合まで

朝ごはんは、炭水化物多めで。

しっかり食べて、モルテンも補給。

うーん、大丈夫かな。いまだに食事の調整具合がよくわからない。

日本人はやはり「お餅とご飯」かなあ。

今度のレースで試してみよう。

それにしても、ホテルの朝食はおいしい。

美味しすぎる…

さあ、スタート!

私のスタート時間は10時15分。第一ウェーブのスタートは、

9時05分なのであまり早くホテルを出ると疲れてしまう。

なので、8時半にツアーの仲間とホテルを出発することにした。

ホテルを出て、ブランデンブルグ門に向かう。

門は、環境過激団体がぶちまけたペンキがまだ生々しく色づいている。

仲間と一緒にスタート地点に向かう。

まったく、完走できる気がしないけれど、

とにかくここまで来ちゃったから

走るしかない。

レースのようす

出発前に最後のトイレに行き、スタートに臨む

天気は、初めのうちは曇り。

スタートしたら、思いのほか涼しく、わりにハイペースで走ることができた。

こんなに突っ込んだら、危ないなあ、と思いながら、

「行けるところまで行こう」と走り続けた。

24キロ過ぎから足が攣り始め、騙し騙し走り続けたが、ついに40キロで

走れなくなった。

止まると2度と動けなくなるので(多分車椅子になる)、とにかくあとは

歩き続ける。制限時間には余裕あるので、とにかくゴールを目指す。

時々、痛みに足が止まりかけるけれど、ゾンビのような姿でとにかく前に。

後ろから走ってきたランナーや沿道の応援に「がんばれがんばれ」と声をかけられながら

(”Kiyomi, you can do it!!!”) 最後の195メートルを走る。

ああ、やっとゴールだ。4時間48分。

時間はともかく、完走できてよかった。

レースの詳細はこちらでもお読みくださいね

レースが終わって

ノンアルビール!

ゴール付近では、ノンアルコールビールが振る舞われていた。

私はとにかく「お風呂」に入りたかったので、

急足でゴール付近を歩き、ホテルを目指す。

ゴールの余韻に浸る暇はなかった…残念。でも、

大勢のランナーが乾杯していて楽しそうだった!

うちあげはもちろんドイツ料理

ホテルで湯船につかり、疲れた足ながらインターエアーのわかこさんが

用意してくれたドイツ料理店で打ち上げ。

疲れていたのと、あまりの量に圧倒されたのとで

たくさんは食べられなかったけれど、ドイツ料理を

目で堪能しました。

最終日

レース翌日の出発は夕方便だったので

少なくとも午前中は観光できる。

ゆっくり素敵な朝食を堪能し、

半日で観光できるところ、ということで

ベルリン大聖堂に向かう。

あまり高い建物がないので、360度の眺望を堪能できる。

チケットを購入し、267段の階段を登り、

展望台に向かう。

ベルリンを上から眺め、景色を楽しみ、市内をあとにする。

さあ、帰国だ。

総まとめ

夏の練習はつらかった。

うヘタレの私は距離練習を積むことができず、また、

本番では水分補給(ミネラル補給)に失敗、足が攣って歩きになる、という

何度目かの失敗を繰り返した。暑い時期のマラソンは、塩分補給が大事だ。

昨年のニューヨークは、大勢の途中棄権の人々を横目に、

足の痙攣は免れた。今思えば、前々日ぐらいから、

ウォーターローディングをしていたのだ。(これは、

OS-1を普通の水代わりに飲む、という方法)

痙攣がなければ、20分は早くゴールできていただろう。

とはいえ、「折角行ったんだから、長く楽しめてよかったじゃない」

なんて言ってくれる人もいて、まあ、海外マラソン、

失敗もあり、ということでヨシとするか。

さて、次は再来年のボストンを狙っている。私の年齢だと、

4時間35分を切っていれば、まずはエントリーできる。ただ、年齢枠の

速いもの順なので、できるだけいい記録を出しておくに限る。

今シーズン、なんとか頑張ろう。

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この記事を書いた人

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大野 清美

1958年大阪生まれ、大阪育ち。子どもの頃の夢だった「留学したい」を37歳で実現。3児を育てながら米国NY州コロンビア大学国際関係学大学院を卒業しました。帰国後は英語を使って仕事を続け、今後は「自分の人生を変えてきた」英語を教えたい!と修行中です。
趣味はマラソンとモーターバイクでのツーリング(愛車Honda VTR)です。
(2019年4月記)