相続登記顛末(2024年4月から義務化ーみなさんにも関係ありますよ!) その3 いざ、法務局!編

書類を揃えていざ相談!

素人の相続登記、その1その2では書類を集める、作成する、まで進みました。

母がなくなり2ヶ月半、法務局に予約もできているので、いよいよ、法務局に向かいます。

2024 年3月15日、朝早くから大手前合同庁舎3階の大阪法務局にいきました。

9時予約でしたが、8時半ごろに着いてしまいました。

窓口での受付は「働き方改革」のため9時からしか対応していただけません。

私以外にも、何人か、やはり待っている人がいました。

職員さんは奥の方で作業されているようです。

相談窓口にはおじさまが1人。黙って座っています。

9時まで大人しく待つことにしました。

指摘された訂正事項

やっと9時になり、案内された相談ブースに座ります。

まったく興味なさそうに、私の出した書類を出して眺めます。

(仕事、いやなのかな、と思いました)

相談、といっても、なんというか、ほとんど「指導」の態度。

「また、素人が来て…」という感じで、こちらの質問とかを

受け付けるような感じではまったくありませんでした。

何がきっかけか忘れてしまったのですが、かなり態度が横柄だったので、

こちらもつい喧嘩腰になってしまいました。

あまりの態度の悪さに、思わず他の職員を呼んだほどです。

(本当は、喧嘩したら、いい情報をもらえないのですけどね)

それでも、向こうも仕事なので、最低限のことは教えてくれました。

彼は、鉛筆で、申請書の内容で直すべきところに上書きしました。

  1. 申請の目的:私の場合は、平成3年(1991年)に父が亡くなり、一旦土地・建物を半分相続しています(母と持分2分の1ずつ相続をしていた)。そのため、相続による「所有権移転」ではなく、「山田ゆき子持分全部移転」というのが、「登記の目的」となるそうです。そのような例については、法務省のホームページには(少なくとも代表例としては)書かれていません。
  2. そのため、「課税価格」は2分の1になり、よって、登録免許税も半分になります。
  3. 「相続人関係図」については、申請書一枚に入れ込んで書く(一枚の用紙に書き込んでいた)のではなく、「別紙参考書類」として添付する。

こういった点が指摘されました。

重大なことが発覚!

さて、ここで、重大なことが発覚しました。

それは、私が結婚以来、夫の転勤で住所変更をいくつかしてきた、ということと

法務省の法改正がからんでいます。

父が亡くなったとき、私は世田谷区に住んでいたため、相続時の登記人(私の)住所は世田谷区でした。

その後、何度も引っ越しを重ね、今の住所に落ち着いたのですが、

今回の登記に際して、別途登記人住所変更」の登記事項変更登記をしないといけない、ということがわかりました。

登録免許税(登記人住所を変更するための手数料)は、1物件につき、 1,000 円かかり、

今回、大阪法務局のほうでは複数物件(土地ごと、建物ごとをそれぞれ1件とする)

を変更登記することになったのです。

そういえば、忘れていましたが、天王寺出張所管轄の貸家のほうは、

かなり前に店子さんの家賃滞納で「簡易裁判」をしたときに、

ついでに司法書士さんに登記手続きをしてもらっており、

その時の住所は幸い、私の現在の住所と同じであるため、

こちらの方は、「登記人住所変更登記」は免れました。

登記人住所変更について

この「登記人住所変更」の手続きが、ことのほか面倒でした。

私は、世田谷区→アメリカ→目黒区→目黒区の別の場所(今の住所)→埼玉県→目黒区の今の住所

と、何度も転居しています。

相談員の人は、現在、「目黒区にいる大野清美」が、以前に相続登記した

世田谷区にいた大野清美」と同一人物であることを証明しないといけない、というのです。

「え、それってどうやって証明するのですか?」というと、

「住民票の附票」には、あなたの住所の変遷が載っていますよ、

と言ってくれましたが、

これが大いなる間違いでした!

住民基本台帳法施行令の一部改正(令和元年6月20日施行)により、消除された戸籍の附票の保存年限は150年となりました。 令和元年6月20日以前は、保存年限が5年だったため、廃棄している場合があります。

令和元年6月以前の個人の住所の変遷を追うことはできなくなっているのです。

なので、私の住所の変遷は、世田谷(1991年、父の相続が発生したとき)以来、まったく途切れています。

私がどんなに「戸籍謄本」を出そうが、世田谷区にいた「大野清美」と

目黒区にいる「大野清美」を結びつける証明書は、「ない」というのです。

ひどいですね。勝手に人の附票を廃棄しておいて、

「あなたがあなたであることを証明するものはありません」ということです。

でも、何もできません。少なくとも「ない」という証明をするしかないのです。

そこで、夫が1日かけて「証明書はありません」という「証明書」

世田谷区と目黒区で取ってきてくれました。

さらに「このような事情で証明するものはありません」という上申書も書きました。

大阪法務局で指摘された点を取り入れて「山田ゆき子持分全部移転」という申請書を作り直し、

また、さらに「登記人住所変更」の申請書を作成、

そうして法務局へ2回目の相談に出かけました。

2回目の相談は地元の法務局で

法務局は、自分が書類を提出するべき場所に相談にいくものだと

思っていたら、

「相談」は、最寄りの法務局でいい、ということがわかりました。

なので、なんだか、横柄なおじさまのいる(というか、なぜか喧嘩になってしまった)

大阪法務局にはいかないことにして、地元の法務局に予約をとることにしました。

それが3月25日のこと。

4月には令和6年度の固定資産税の納付書が新しく届くはず。地価もあがっていて、

それに連動して登録免許税(課税価格✖️0.4%)も変わってくるため、なんとしてでも3月中に

郵送してしまいたい。そんな時期でした。

さて、世田谷法務局では、どんな「相談」に乗ってくれたでしょうか?

その4に続きます。

 

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この記事を書いた人

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大野 清美

1958年大阪生まれ、大阪育ち。子どもの頃の夢だった「留学したい」を37歳で実現。3児を育てながら米国NY州コロンビア大学国際関係学大学院を卒業しました。帰国後は英語を使って仕事を続け、今後は「自分の人生を変えてきた」英語を教えたい!と修行中です。
趣味はマラソンとモーターバイクでのツーリング(愛車Honda VTR)です。
(2019年4月記)