アラフォー子連れ正規留学②願書提出編「英文履歴書」を書いた! コロンビア大学留学記 

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アラフォー子連れ正規留学②願書提出編「英文履歴書」を書いた! コロンビア大学留学記 

1994年6月、3人の子供(3歳、5歳、8歳)を連れて

すでに2か月先に出発した夫に合流するため、

ニューヨークに向かう飛行機に乗りました。

渡米後、まずは子供達が現地生活に慣れるように、そして

自分は翌年の秋入学を目指し、準備を始めました。

1. 何を用意するか?

今はオンライン登録となっていますが、

私の頃は「郵送」だったので、大学に入学案内を請求したように思います。

フォーマットがあって、そこに埋めるようになっていました。

用意しなければならないのは

  • 履歴書
  • 志望動機
  • 推薦状3通
  • 大学の卒業証明書

ですが、履歴書、志望動機は自分で用意できるとしても、

推薦状は自分では書けません。

卒業した大学のゼミの先生お二人に手紙を書き、

あるいは電話したのかなあ…「卒論なんでしたっけ?」と聞かれた覚えがあります。

卒業以来、同窓会にも出ず、年賀状のやりとりだけはしていましたが、

突然の推薦状の依頼に先生がたも驚かれたことでしょうね。

問題は3通目の推薦状を誰に書いてもらうか、でした。

2. 「書けない」と断られる

卒業大学のゼミの先生方お二人にはご了承いただけましたが、

3人目の推薦者には、当時学んでいた翻訳の勉強会の先生にお願いをしました。

英語もできるし、先生が編纂された本の協力者としても名前を載せていただいていて

大丈夫と思ったのですが、「あなたのことを推薦状を書くほどには知らない」と

断られてしまいました。

大学卒業後、「お勤め」という形で組織に属したことはなく、

主にフリーランスで仕事をしてきたので、こんなとき「推薦」をしてくれる人がいないのです。

そこで、翻訳の仕事をさせていただいていた雑誌社の編集長にお願いをしてみました。

編集長は私の翻訳を高く評価してくださっていました。

ただ、英語はできません。

そこで、自分で原案を書き、その内容について同意していただき、

署名をもらって3通目の推薦状ができあがりました。

3. 履歴書と志望動機

履歴書は、「履歴書の書き方」を参考に、自分の経験をできるだけ「ポジティブ」に

表現しました。

志望動機は「エッセイ」ですね。

アルクの「留学支援サービス」(今はないサービスかもしれません)を使いました。

原稿を書き、ファックスを使って日本のアルク本社に送り、添削してもらい、

何度もダメ出しされてやっと「自分の伝えたいこと」を

英語で表現できたのです。

今の時代、そのようなサービスは探せばいろいろあると思いますが

当時はアルクしか見つけることができませんでした。

4. 私が送った書類例

少し長いですが、以下に当時私が作成した書類を添付します。

長くなるので、この原稿では履歴書のみ。

今はオンライン応募がメインなのでフォーマットなども違っているとは

思いますが、参考にはなると思います。

応募書類を書く、ということは自分の棚卸しなんですね。

37歳当時の私のすべてを応募書類に反映させました。

③に続きます。

①はこちら↓

アラフォー子連れ正規留学①準備編 コロンビア大学留学記 渡米前の準備

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COMMENTS & TRACKBACKS

  • Comments ( 2 )
  • Trackbacks ( 0 )
  1. By なな

    ブログ、以前から拝見させて頂いておりますが、初めてコメントさせて頂きます。(長文失礼致します)最初に拝見したのは、義父がガンを患った際に石原結實先生の伊豆のサナトリウムについて調べた時でした。とても詳しく毎日のことをレポートされていて、大変参考になりました。大野さんがガンを克服された事を確認して暫くはブログから足が遠のいていましたが、他の方が運営されているサイトで、「やめ主婦」のエピソードを知り、興味本位で覗いてみたら、あぁ!あの時の!!と運命的な一方的な再会に歓喜し、以来ほぼ毎日拝見させて頂いております。今日初めてコメントさせて頂いたのは、英文の履歴書を拝見し、大学の先輩であることが判明してまたまた一方的に運命を感じたためです。1歳、4歳の子供がいてトークライブには行けませんが、日々刺激を頂いて、大野さんのようにキラキラ輝いていけたらと思っています。

    • By 大野 清美

      ななさん、コメントありがとうございます!何よりの励みになります。人生、いいこともそうでないことも色々あって60歳近くなってまだまだやりたいことがいっぱいあって、そんな発信をしています。失敗も山ほど。
      子供達が小さい頃は不自由はありましたが、一番楽しい頃でした。そして、彼らが自分の手で幸せを掴むのを見守りながら、生きている限り精一杯生きようとしています。読んでいただき、本当にありがとうございます。

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