東京オリンピック・パラリンピックボランティア (8) もうやらない

不完全燃焼だったオリンピック

オリンピックでほとんど仕事を与えられず、また、当初フィールドキャスト事務局から

求められていた「従事日数最低10日」が、

役割ごとに違う(それならばそれで最初に担当事務局から連絡して欲しかった)

ことから、まあ、この状況だとパラリンピックでも実働はせいぜい2−3日だろう、と思い、

とりあえず「なんでも見てやろう」精神でパラリンピックもボランティア登録を

残しておきました。

で、オリンピックとパラリンピックの間のおやすみ期間中に今度は前もってシフトが届きました。

準備にかかる

ボランティアの人数は4名。

4名のLINEグループを作りお互いの連絡がしやすくしておきます。

次に、ボランティアをさせていただく国について調べておきます。

今回は112名の選手を送り出している大きな国です。

前日には大使館の担当者に電話をしご挨拶をしておきます。

大国ですので、そして何より、前回T-TOSSが全く使い勝手が悪かったため、

基本的に大使館車を使うと言うことでした。

そうすると私たちの役割はほとんどないのではないかと思いましたが

取りあえずお断りの言葉はなかったので大臣到着の日にミーティングに向かいました。

ボランティア1日め

ミーティングでは大使館の女性担当者に「とにかくフレキシブルにお願いします」と言われました。

そして1日目とりあえず朝9時にホテルの車寄せで待ち合わせしていたのですが

大使館担当者から電話がかかってきて午前中は大使館で会議があるので

午前中の観戦は無しと言うことでした。

そして午後2時に三田にある大使館の前で待ち合わせをしようということになりました。

午前中がぽっかり空いてしまうのですが、幸い、毎週通っている英会話スクールを

欠席しなくてもよくなったのでクラスに向かいました。

スクールでは午後も授業があったのですが早退し、1時には地下鉄を使って大使館に向かい…

早めに到着し、暑い中、大使館の外で汗を拭き拭き時間になるのを待っていました。

2時5分前、2時に担当者に電話するも、今度は

「忙しくて大変なので5時にアクアティックセンターで待ち合わせしましょう」

と言われ、火照った体を近くのカフェで一旦クールダウンさせ、再び地下鉄で辰巳まで移動。

4時ごろには到着し、ボランティアの方に大使館車が停車する位置と、

大臣をご案内するための動線を確認しておきました。

↓アクアティクスセンターは、駅から暑い中1キロ超の道を歩く

忘れられていたようだ

5時になっても電話は来ません。

なんとなくそんな予感はしていました。

セキュリティーチェック(アクアティクスセンターには1つしかないことを確認)のあたりにいると、

大臣御一行が「たまたま会った」という体で私の目の前に現れました。

いやぁーもうすっかり忘れられてたんですよねきっと。

声をかけせっかく確認した動線を100メートルほどご案内しました。

大臣をオリンピック関係者入り口までお送りした後は、全員が私を打ち捨てて

VIPルームに向かうため、エレベーターに乗ってしまったので、

そこでお仕事は終わりです。

優しさが身にしみる

ポツンと一人、残されて、なんだかユニフォームを着ている自分が

思いっきりピエロに思えてきました。いや、ピエロというと

ピエロに申し訳ない。彼らには重要な役割があるのだから。

たまたま、NPC(National Paralympic Committee:

つまり各国のパラリンピック委員会)の要人を送ってきたボランテイアさんが

いらっしゃり、言葉をかけました。

前にも書きましたが、NOC、NPCの方々は、オリンピック、パラリンピックの場では

「政治家」よりもヒエラルキーでは高い位置にあり、

車も「1日貸し切り」なので、行き先もフレキシブルだし、まさに随行に専念できるのです。

同じような仕事でも、扱いが雲泥の差。

「どんな上司につくか」で運命が決まる、という世間の縮図?「いいなあ」とちょっと羨ましくもあり。

ひととき、そのかたと一緒に情報交換と休憩をし、私は翌日シフトの方に連絡をして帰途につきました。

地下鉄を乗り継ぎ、帰宅したら夜の8時。朝7時には家を出ているので12時間以上。

帰宅したらまず全ての服を選択し、全身シャワーです。(感染症予防のため)

身体も心も疲れ切りました。

夫が部屋の電気とクーラーを入れておいてくれたので、とてもありがたかったです。

家族の優しさが身にしみた夜でした。

Invisible Man 「見えない人間」

「見えない人間」扱いは、もういい、と思いました。

そもそも、T-TOSSのシステムが機能しなかったために

TOKYO2020の輸送システムは、オリンピック期間中にすっかり信頼性を無くしていました。

昨日事務局に行くと、「輸送課は、この2週間の間に車両を増やし、人員を増やしたので大丈夫!」

と自信たっぷりでしたよ、と事務局の人が言っていました。

いや、車両や運転手の数の問題ではないのです。

「不便な使い勝手」というソフトの問題で信頼をなくしているのです。

そして、一度失った信頼は、そう簡単に回復しません。

たった2週間でまた使ってもらえるようになる、って思う方が間違いです。

能天気すぎる…

大使館車がある大きな国はもう一切 T-TOSS を使う気はありません。

したがって、私たち、Dignitary Assistant は「いらない」のです。

名前はいいですが、実は「配車係」だったのですね。

フィールドキャスト、とかディグニタリー・アシスタントとか、横文字の

かっこいい名前に誤魔化されていましたが、要は

ただ働きの都合のいい”Invisible man” でした。

あ、ところで、この”Invisible Man”という名称は、日本語訳では「見えない人間」

(20世紀アメリカ文学の名作。全米図書賞受賞)という

有名な小説なのですよ。

「僕は見えない人間である。僕の姿が見えないのは、単に人が僕を見ないだけのことなのだ」

「アメリカ文化研究」を専門にしていた私。大学時代、「読まされた」記憶はあるけど、中身はほとんど覚えておらず、

でも、タイトルだけは覚えていた。そして偶然にも今、思い出して調べたら、コロナ禍で苦しむ

2020年3月、『見えない人間』の訳本が復刊されていました。

もういいです

さて、「いつもと違う何か」を求めて、

そしてせっかく身につけた英語を生かそうと張り切って参加した

オリ・パラのボランテイアでしたが、配属先には恵まれず、

全く輝くことはできませんでした。

今日の午後も一応シフトは入っていましたが、昨日と同じことだと思い、

(今日は幕張、と言われていました。いや、それ、

委員会の方では交通費すら出してくれないですから!)

もういいです、と事前に伝えておきました。電話もかからないですし、

それこそ「いらない」のでしょう。

昨日のNPC担当(オリンピック委員会のよ要人担当)の方々は、人が足りなくて大変、と言っていたし、

同じような仕事でも

こちらは閑古鳥で、結局、オリ・パラ両方、20日間登録したのに何の連絡も

来なかった人もいます。

この縦割り、事務局の粗末な対応、効率の悪さ、

そして人間不在の「輸送システム」を作る企業(車両提供はトヨタ、らしいですが

昨日聞いたところによると、システムは大手IT企業、N社に丸投げしたとか?)

今の日本の機能不全状態の縮図と思われて、日本の将来がますます心配になってきています。

札幌や、前の東京オリンピックはもう少し人間が活躍していたのでは?

と感じた私の体験でした。

無事に務め上げたボランティアさんがいらっしゃったらごめんなさい。

楽しかった方もいるでしょう。

水を差す気はありません。でも、こんな担当もあったのだ、と記録しておかないと

「美談」ばかりが世間に知れ渡ってしまう。

何かの改善につながるよう、あえて裏の話を伝え続けました。

お読みいただきありがとうございました。

あと1つ、番外編を書いたら私のオリパラボランテイア日記は終わりにしようと

思います。1日でも早く、気持ちにキリをつけて前に進むために。

本稿は、オリンピックボランティアからの続きです。

ぜひ、前稿もお読みください。特に(1)!

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この記事を書いた人

大野 清美

大野 清美

1958年大阪生まれ、大阪育ち。子どもの頃の夢だった「留学したい」を37歳で実現。3児を育てながら米国NY州コロンビア大学国際関係学大学院を卒業しました。帰国後は英語を使って仕事を続け、今後は「自分の人生を変えてきた」英語を教えたい!と修行中です。
趣味はマラソンとモーターバイクでのツーリング(愛車Honda VTR)です。
(2019年4月記)